今日は北海道の上にあるロシアの島、サハリン島(樺太)を紹介します。かなりユニークでロシアの田舎らしさの詰まった魅力的な場所なので最後まで見ていってください!
目次
サハリンの基礎情報
サハリン島は北海道の北に位置する、人口45万人の北海道よりやや小さい国です。歴史的には、サハリン島は日本とロシアの勢力争いの舞台となってきました。日露戦争後には日本が南半分を、ロシアが北半分をそれぞれ統治する時代もありました。しかし、第二次世界大戦後にはソ連の領土となり、多くの日本人が故郷を追われるという悲劇も起こりました。現在はサハリン州としてロシア連邦に所属しています。州都はユジノサハリンスク(日本名は豊原)です。
サハリンの歴史
先史時代:アイヌ民族やニヴフ族、オロチ族など様々な民族が暮らしていた
17世紀:ロシア人がサハリン島を探検する
19世紀:間宮林蔵がサハリンの地図が作られる
19世紀後半:日本とロシアがサハリンを巡って対立する
日露戦争後;日露戦争に勝利した日本は樺太島の南半分をゲットする
第二次世界大戦末期:日ソ中立条約を無視したソ連軍が樺太や千島列島に侵攻し支配する
1990年代:ソ連が崩壊するもガス資源が見つかりガス開発が行われた
サハリンの産業
エネルギー産業はサハリン島の重要な柱の一つです。特に、石油と天然ガスの埋蔵量は豊富であり、世界的なエネルギー需要の高まりとともに、これらの資源開発が活発化しています。サハリン沖合の油田・ガス田からの生産は、日本をはじめとするアジア諸国へのエネルギー供給源として重要な役割を果たしていました。しかしウクライナ侵攻によって日本を含む多くの国がサハリンから撤退してしまいました。また周囲を海に囲まれている感子湯や爪痛い海があることから水産業も盛んです。
サハリンの町
ユジノサハリンスク
ユジノサハリンスクは、ロシア連邦のサハリン州の州都であり、サハリン島南部に位置する都市です。かつては日本の領土であり、豊原という名前で呼ばれていました。第二次世界大戦後、ソ連に編入され、現在の名前となりました。日本統治時代の建物も数多く残っており、歴史を感じることができます。
コルサコフ
サハリン島の南西部に位置するコルサコフは、同島においてユジノサハリンスク、ホルムスクに次ぐ第3の都市です。日本統治時代には大泊という名前でした。また、コルサコフはサハリンの玄関口として、北海道の稚内港との間をフェリーが運航されていました。現在はウクライナ侵攻の影響で無期限の運休となっています。
アレクサンドロフスクサハリンスキー
アレクサンドロフスク・サハリンスキーは、ロシア連邦のサハリン州にある都市です。北樺太の西海岸に位置し、間宮海峡に面しています。日本領だったときは亜港と呼ばれていました。ゴールデンカムイでもでていましたね。
ホルムスク
この都市は、木材加工業や水産加工業が盛んで、ロシア本土の都市ワニノや北海道の小樽(現在中止)と定期航路で結ばれていますした。北海道の釧路市と姉妹都市として交流が続いています。
まとめ
サハリンはロシアの田舎感がとてもある面白い場所だと思いました。早くフェリー航路が復活するといいですね。このブログでは世界の国や都市を中学生が紹介するのでっぜひ他の記事も見てみてください!
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