イランっていう国知っていますか?この記事ではイランの歴史・経済・観光スポットを紹介します。
目次
イランの基礎情報
首都 | テヘラン |
人口 | 8800万人 |
通貨 | リヤル |
言語 | ペルシャ語 |
イランの歴史
古代
紀元前3千年紀、イラン高原にエラム王国が興りました。エラム王国は、メソポタミア文明と密接な関係を持ち、両文明の交流の拠点として繁栄しました。
紀元前625年頃、アッシリア帝国によってエラム王国は滅亡しました。しかし、その後もイラン高原にはいくつかの王国が興亡を繰り返し、そのうちのひとつであるアケメネス朝は、紀元前5世紀にメソポタミア全域とエジプト、ギリシャの一部を支配する大帝国を築きました。
中世
紀元前330年、アレクサンドロス大王によってアケメネス朝は滅亡しました。その後、イラン高原にはセレウコス朝、パルティア王国、サーサーン朝などの王朝が興りました。
サーサーン朝は、紀元3世紀から7世紀にかけて、イランの歴史の中で最も強大な王朝でした。サーサーン朝は、ローマ帝国と対立し、両帝国は長きにわたって戦争を続けました。
イスラムの時代
7世紀、イスラム教がイランに伝来し、サーサーン朝は滅亡しました。その後、イラン高原にはアッバース朝、サファヴィー朝、ガージャール朝などのイスラム王朝が興りました。
アッバース朝は、8世紀から13世紀にかけて、中東全域を支配する大帝国を築きました。アッバース朝は、文化の中心地として栄え、科学や芸術の発展に大きく貢献しました。
サファヴィー朝は、16世紀から18世紀にかけて、イラン高原のほとんどを支配するイスラム王朝であった。サファヴィー朝は、イスラム教シーア派を国教とし、イランにおけるシーア派の勢力を拡大しました。
ガージャール朝は、18世紀から20世紀初頭にかけて、イランを支配したイスラム王朝でした。ガージャール朝は、ヨーロッパ列強の影響を受けて近代化を進めたが、第一次世界大戦後にはイギリスとソ連の支配下に置かれました。
近現代
1925年、クーデターによってパフラヴィー朝が成立した。パフラヴィー朝は、国王の独裁体制を敷き、近代化を推進しました。
1979年、イラン・イスラーム革命によってパフラヴィー朝は崩壊し、イラン・イスラーム共和国が成立した。イラン・イスラーム共和国は、イスラム教シーア派を国教とするイスラム共和国でした。
イラン・イスラーム共和国は、イスラム教の国とかかわりが強い反面、アメリカやイスラエルと対立を深めており国際社会から孤立しています。
イラン経済
イランのGDPランキングは世界43位。イランは香港やコロンビアと同じくらいの経済規模を誇ります。イランの産業は農業や石油業(巨大な油田がある)などです。
イランの観光地
ゴレスタン宮殿/テヘラン
ゴレスタン宮殿はテヘランで唯一の世界文化遺産です。宮殿は、200年以上の歴史を持つガガ王朝時代に建てられ400年以上の歴委があります。ゴレスタン宮殿は、建物のいたるところに鏡のモザイクによる装飾が施され、キラキラと輝くとても美しい建物らしいです。テヘランに来たらぜひ訪れてみてください
イラン国立博物館/テヘラン
イラン国立博物館では、ペルシャ文化の貴重な品を見ることができます。ペルシャのものは西洋と東洋があわさったような素敵な感じです。
イスファハーン
イスファハーンは「世界の半分」と言われるほど発展したサヴァディー朝の都。シャー・モスクなどの文化的に価値のある建物をたくさん見ることができます。ペルシャの雰囲気を感じることができますよ!
シーラーズ
シーラーズはイラン南西部の都市でファールス州の州都でもあります。シーラーズは、サンド朝の都でそれに関連する歴史的建造物が多く残ります。特に、バラが有名な庭園や美しい宮殿、ステンドグラスで有名なモスクなどが見どころです。モスクのステンドグラス(上の写真)がめちゃくちゃうつくしいですね!!
ヤズド
ヤズドはイラン中央部、ヤズド州の州都です。イランにおいて古い歴史をもつ都市の一つで、ゾロアスター教文化の中心地として有名です。イランには砂漠にも面白い魅力的な都市があるんですよ!
まとめ
イランはペルシャの文化がいまだに残る美しい国です。日本人にはあまり知られていませんがね、、、。イランはこれからも発展していく場所だと思うので見守っていてください。
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